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2011年03月14日
未曾有の大災害、様似にも津波が...
3月11日に発生した東北関東大震災。テレビで特に東北太平洋岸の状況を見るにつけ、これが現実なのかと愕然とします。
北海道南部の太平洋に面する港町・様似町も、東北地方ほどではないものの、過去に記憶がないほどの大きな津波が押し寄せました。特に、様似漁港では、船や車などが押し流されたほか、多くの加工場や家屋が床上浸水する被害を受けました。
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正確な津波の高さは分かりませんが、陸繋島のエンルム岬の岸壁を見ると、4~5mはあったのではないでしょうか。
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海に近い中心地の大通地区でも、岸壁が切れている箇所や様似川からの逆流により、一部国道が冠水しました。
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幸いに、みなさん高台などに避難され、人的被害はありませんでしたが、様似漁港に隣接する特別養護老人ホーム「ソビラ荘」が完全に水につかったため、利用者のお年寄りらは、避難場所である高台の法敬寺、さらにはデイサービスセンターのある保健福祉センターに移り生活しています。
震災翌日(12日)には、漁業者や建設協会、町などが手分けしての片付け作業。ソビラ荘周辺は、押し流された車などの物や泥があふれ、撤去清掃作業に丸1日を費やしました。
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作業は翌日の13日も引き続き行われました。多くの物が波にもっていかれたらしく、ジオサイトの親子岩にも港から流されたコンテナが辿り着く始末。
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さらには、様似漁港西岸の防波堤には、漁船が乗り上げてしまいました。漁船も何艘かもっていかれたほか、港町の水産加工場も設備がダメになるなど、港町を中心に大きな被害を受けました。
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集められた膨大な量のゴミ処理など、今日(14日)もなお作業が続いています。でも、東北の惨状に比べれば…という気持ちでみんながんばっています。(タク)
2011年03月10日
チョッコウさんのアポイ
様似町役場に隣接する中央公民館には、沢山の絵画が展示されています。「あーと」には全く疎い私は、「あー、いっぱいえがあるんだなー、おっきいなー」といった幼稚園児並み(以下?)の感覚でしかそれらを見ていませんでした。
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イッパイアルンダナー、オッキイナー、スゴイナー |
しかし、先日、ある人を公民館に案内した際、彼がある絵をみて「おっ、チョッコウさんですね」と一言。なに?チョッコウ?あっ、本当だ。北海道を代表する老舗菓子舗・六花亭の包装紙で知られる、画家・坂本直行(なおゆき)氏の絵です。ちなみに、氏は坂本竜馬の甥のお孫さんになります。
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| その絵は公民館入口のまっすぐ奥、突き当りにあります |
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| 確かに坂本直行、1966年作とあります |
さすがに氏の名前は私でも知っていますし、中札内村にある氏の美術館にも何度か行ったことがあります。しかし、何度もこの横を歩いたはずなのに、氏の絵だとは全く気付きませんでした。
この絵は、アポイ岳の登山道から眺めた、太平洋と様似の市街地を描いたものです。海に突き出す陸繋島のエンルム岬、そしてその奥にはソビラ岩と親子岩。絵の左側に「アポイより太平洋」とタイトル。「五・一一・」とあるのは日付でしょう。解説には1966(昭和41)年作とありますので、今から45年前の春に描かれたものになります。
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| そう言われれば、確かに六花亭包装紙風タッチですね |
ところで、この風景には確かに見覚えがあるのですが、氏が絵を描いたこの場所がどこなのか思い出せない。そこで、アポイ岳から撮った写真をいろいろ探してみると・・・、ビンゴ!ありました。ズバリ、7合目の上、現在、「馬の背」の標柱が立っているところでした。それまでの登りから一度平坦になるこの場所は、多くの登山者が一息つくポイントです。この風景を眺めたことのある方も多いことでしょう。
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| 描いたのはここで間違いないでしょう。上の絵と見比べてみてください。 |
ちょっと気になるのは、絵に比べて、下の写真では手前部分の緑色が占める面積が大きいこと。やはり、この45年間でハイマツが急速に勢力を伸ばしてきたことの証なのかも知れません。
ところで、氏が登った5月11日なら、アポイ岳ではショウジョウバカマやフイリミヤマスミレ、サマニユキワリなどが鮮やかに咲き誇っていたでしょうし、もしかしたらヒダカソウももう咲き始めていたかも知れません。今はまだアポイは雪の下ですが、今度アポイに登るときは、氏がどんな花を見て、どんな思いでこの風景を描いたのか、そんなことに思いを馳せながら登ってみたいと思います。
という訳で、また一つ、アポイに登る楽しみが増えました。あー、春が待ち遠しいなー。
(krmd)
2011年03月09日
かんらん岩と冬島昆布の良い関係...
3月7日に、北海道大学の北方生物圏フィールド科学センターと様似町が、科学技術の振興や環境保全、地域資源の活用、産業振興の振興など、様似町をフィールドにした幅広い分野での包括連携協定を結びました。(左:長谷川周一センター長、右:坂下一幸様似町長)
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包括連携協定って?よくわかりませんが、様似にある資源を北大の先生方が研究し、それを産業や教育などに結びつけようというもののようです。
例えば、冬島昆布。アポイ岳の養分をいっぱい受けて育ってるんだとよく言われますが、本当のところはどうなのだろうか?もしかして、アポイのかんらん岩が良い作用を与えてるんじゃないか?そんなことも研究で明らかになれば新たな付加価値となるのかもしれません。
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調印式の翌日は、先生方に実際に様似のフィールドを見てもらいました。アポイ岳ビジターセンターではアポイ岳の自然について説明。
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日高耶馬渓にあるジオサイトも見学しましたケド、「天気晴朗なれども風冷たし」。今年の春はとにかく遅いですね。
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コンデンサ用アルミ箔を皮膜加工している、日高エレクトロンの工場も視察しました。エレクトロンでは、皮膜処理のために必要な大量の電力の一部を、日本電工の水力発電から賄っています。
工場からは24時間、処理水の温水を冷却するために出る水蒸気が上がっています。(けっして煙ではありませんのでご安心を)
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様似特産のKさんのイチゴハウスも見学。
イチゴのように、包括連携の取組みが見事実を結ぶとイイですね。ジオパークでも、いろいろと連携できるとおもしろいかもしれません。(タク)
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2011年03月08日
この一歩は...
小さな一歩であるが、人類にとって大きな一歩である。と言ったのは誰だったでしょうか?
前回、前々回と紹介している日高王国事業(関東関西から修学旅行生を受け入れると
いう事業)で、ついに第1号が来町しました。と言っても今回はモニターさんです。
いきなり学生を受け入れる、というのは農家、漁家さんに負担となることから、まずは馴らし
運転として札幌在住の大学生をモニターとして受け入れました。
今回はモニターですので、宿泊後アンケートに答えてもらいそれを参考にして次回に生かす
ことが目的です。
来年、さ来年には修学旅行生が大挙して様似を訪れ「北海道と言えば日高。
日高と言えば様似、浦河だよねー」と修学旅行生の合言葉になる。
今日はその日のための記念すべき第一歩の日なのでした。
ちなみに次回は20日にモニターとして長沼町の小学生16名ほどが様似、浦河を訪れます。(302)
ブログですので顔出しはNGですが、とても可愛い性格の良い働き者のお嬢さんでした。受け入
れてくれた農家さんも「とっても良かったあ」の感想。
2011年03月06日
西日の円山の観音さま
春かと思えば、今日は朝起きると一面の銀世界。それでも、昼からは晴れ間がのぞき薄化粧の雪もすぐになくなりました。
日が傾いてから、観音山に行って来ました。いつもの展望台から下を覗き込むと、いつもの景色。正面の岩はソビラ岩で、昭和のはじめに築港で埋め立てられるまでは、海中に浮かぶ島(といっていいのか?)でした。
ここは、漁組や水産加工場、漁師さんのお宅などがひしめく港町です。
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その左手、東側には陸繋島のエンルム岬。様似漁港は、これら海岸の奇岩地形を利用してつくられました。漁港ですので、水深はあまり深くありませんが、小さいながらも貨物用埠頭(日通埠頭)もあります。少々、大き目の貨物船が係留されているところがそうです。
今の時期は木々の葉が落ちているので、眼下の街並みもよく見えます。写真は撮りませんでしたが、さらに当方に様似の中心市街とその向こうにアポイ山塊も望むことができます。
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観音山は標高100mほどの小山ですが、エンルム岬やソビラ岩と同じマグマが冷え固まったひん岩といわれる火成岩でできていて、その成り立ちから急峻な崖山となっています。全山、広葉樹に覆われています。
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山上には、ところどころに観音様の石像が置かれていて、それが山の名の由来となっています。麓にある蝦夷三官寺・等澍院中興の祖・塚田純田が、地元から寄進者を募って1895(明治28)年に33体の観音像を置いたのが始まりです。その後、観音像は何度か移転して現在の配置となったそうです。
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観音様の視線の先には、同じひん岩の「親子岩」。隣のソビラ岩とともに、アイヌの酋長親子の伝説が今に伝えられています。(タク)
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