ブログ
2013年04月03日
krmdさん、3年間ありがとう。道庁でもがんばって!
今朝の道新朝刊のテレビ欄、みなさんご覧になりました?
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4月13日にリニューアルオープンする、アポイ岳ビジターセンターのぶら下がり広告をなんとカラーで載せてしまったのです。少し背伸びしてしまいましたが、さっそく札幌の方からお問い合わせがあるなど、効果は上々。この広告で、ビジターセンターだけでなく、様似の美しい風景を楽しみに来られる方がどんどん増えるとイイナ。
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また、新ビジターセンターでは、こ~んな鳥瞰図ポスターも販売予定。アポイ岳ジオパークのまち・様似町は北海道を背負っているゾ!ぜひ、みなさんも新しいビジターセンターで、様似町のすばらしさを実感して下さい。
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ところで、北海道からの派遣職員として、アポイ岳ジオパークとアポイ岳の保全活動に3年間活躍され、このブログでもたびたび登場していた、krmdさん(下写真右端)が、この3月末をもって期間満了となり、道庁に異動されました。
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彼はこの3年間で、60~70回はアポイに登ったんじゃないかしら。ジオパークマネジメントだけでなく保全活動にも多大な貢献をされました。本当にありがとうございました。
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さて、そのkrmdさんの後にやってきたのは、税務課から異動のS.Sさん。さっそくバリバリと動いてもらっています。どんなハンドルネームとなるかは不明ですが、本人が近日登場してくれるはず。元広報マンの彼とともに、ブログもがんばります!(タク)
2013年03月29日
新ビジター前のかんらん岩モニュメント
オープンに向けて着々(?)と準備が進むアポイ岳ジオパークビジターセンター。昨日、その顔とも言うべき、かんらん岩のモニュメント設置がありました。
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いつもの南組トリオ、ダブルNさんとKさんが手際よく場所を決めていきます。
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近日中には、芝も張られいよいよ完成。それにしても、手前みそながら色といい形といいなかなかのかんらん岩でしょ?ロゴの2色塗りはhoromanさんのアイディアです。(タク)
2013年03月28日
まちかど様似の写真&年度末ご苦労さん会
本日は、隣町の浦河の幌別へ行ってきました。
昼でも霧もようの日高地方です。
おやっ!写真屋さんの表に「様似の成人式」の写真が飾られていました。若さあふれるみなさん、写真を見る私も楽しくなります。成人式の写真は様似町の公報2月号でご覧下さい。http://www.hokkai.or.jp/samani/
※ちなみに様似の広報は町内に全戸配布されます。全戸配布は白黒ですが(去年の8月号はカラー)、カラー版はいつでもホームページから見ることができます。
様似の広報は、写真が多くとっても読みやすい公報です!そして写真が生き生きとしていて、町を身近に感じられます。愛読者の一人です。(様似に来るまでは勝手ながら、広報とは文字だけで難しい内容でカタイという印象を持っていました。)
もう一つの話題。
本日、役場の年度末ご苦労さん会が行われました。退職される方に感謝と労いを示し、そして新人さんを歓迎する会です。感極まる会のもようは、後日語ります。
さて恒例のビンゴ大会。景品いただきました。私と一緒に飲みに行ってくださる方お待ちしてます〜。
何が書きたかったのかというと…カンランくんとアポイちゃんがお金になってます!
先日ブログのもつ力を再認識した私でした。
(ジオ美)
2013年03月27日
残雪わずかでエンルム看板もシーズンイン
いよいよ新年度。昨日のジオ部会で、本ブログの更新回数が減ってきていることの懸念が出され(というより、自分で出したのですが)、何とか盛り返さなければと、とりあえず写真だけでも…。
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今朝の様似駅。
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様似町内はほとんど雪がなくなりましたが、役場裏には除雪によってつくられた雪山がまだ一部残っていました。今年は大雪でしたものね。
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でも、アポイ岳の雪渓も日を追うごとに違う表情に。春も急ぎ足です。
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ところで、わがまちの施設管理部隊・チームNのNさんが「タクちゃん。頼まれていた、エンルムの看板きれいに塗ったぞ~!」とケータイに連絡が。
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さっそく、検定に赴くと、こげ茶と白のペンキも鮮やかに。きれいな姿でシーズンインを迎えるエンルム岬です。Nさん、チームの皆さん、ありがと~!この他にもペンキはげた看板あるので、ヨ・ロ・シ・ク・ネ(タク)
2013年03月20日
150年続く彼岸の日のお祭り...和助地蔵尊例祭
彼岸の中日の今日。幌満自治会で「和助地蔵例祭」がありました。
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和助地蔵は、幌満で旅籠をひらいていた「斉藤和助」という人物を祀るお地蔵さんで、幌満の国道脇に小さな祠が建っています。1799年の江戸幕府による様似山道開削に尽力した人物で、その孫は日本の騎手第1号といわれる「函館大経」です。
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和助さんの死後、その徳を偲んで地蔵が祀られ、以来約150年、地域の人々の手によってお祭りが行われているのです。お参りには、幌満の住民はもちろん、町長、議長、教育長などの行政関係者、地元企業である東邦オリビン工業、日本電工の関係者も集まりました。
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子ども好きだった和助さんを偲んで、お供えは地元の子どもの名で行われます。今は幌満の人口も少なくなり、往時のにぎわいはありませんが、昔は地元を挙げての楽しいお祭りだったそうです。
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お参りの後は、地域の集会施設・幌満コミュニティセンターで宴会がスタート。地域のみんなが集まる貴重なひとときです。
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宴会の余興として、写真でめぐる昔の幌満のスライドショーも行われました。
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そして、今年は婦人部のみなさんの発案でもちまきも用意。隣の体育館でのもちまき騒ぎとなりました。子どもは2人しかいなかったのですが、昔の子どもたちが童心に帰って歓声を挙げながら拾っていました。
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そして、祭りの後の片付け…。おじゃまさせていただいたお礼に、ウチのジオミもお手伝い。
昔は林業でにぎわっていた幌満地区も今では数十人の集落です。でも、和助さんが地域をつなぐ絆となり、今でも地域を見守ってくれているのです。(タク)






















